名古屋のある場所で
「あんた、 加藤電気、しっとるか?」
「どこの電気屋さんですか?」
「○○町のだわ。」
「もしかして一宮のですか?私は残念ですけど一宮のことはあまりわかりません。」
このおじいさんが私に聞いてきたのは、ご自分の家への行き方を知りたかったからです。
他のおじいさんも同じようなことを聞いてきます。
「小牧駅のうらの○○町わかるか?」
「あんた北区の光音寺だろ、わしの家しっとるか?」
この方たちは、みんな施設に入所されている方々です。
みんな家に帰りたいのでしょう。
わたしは最初、施設という場所は、どうみても自分の家とは思えない。だから単純にかえりたいのだろうと思っていました。
しかし、あるおばあさんがこう言ったのです。
「わたしだって家には帰りたいと思うよ。だけど、よく考えると、家に帰っても人の助けがないとなにもでけせん。結局、家族に迷惑をかけてまたここに戻ってくるんだわ。」この言葉を聞いて私はきずかされました。 家に帰りたいと思うのは、単純に家に戻ることではなく、いぜん、暮らしていた生活に戻りたいということ。それは体が今よりも健康で施設入所の必要のない生活。たとえ認知症で状況判断に欠けるご老人でも、漠然とした家という場所での生活イメージが「家に帰りたい」という意思表示で、言葉でだされるのではないでしょうか?
訪問マッサージ 名古屋 北区 ジャーミン

コメントを残す