以前、104歳のおばあさんと名古屋の施設におじゃまするたびにお話をしていました。
私の訪問リハビリマッサージの患者というわけではなかったのですが、患者さんとだけ話をしないというのは、周りの利用者さんからみるとどう思われるのか気になり、挨拶代わりにお話しさせてもらいました。
色々な昔のことをお話になります。
「おみゃーさんなー、名古屋の松坂屋は昔、呉服屋で木造の3階建だったで、」
「私はなー、名鉄の線路がひかれる前から、ようしっとるで。」
「わたしは、あそこの公園ができた頃のことよう覚えとるわ。でもよー、そのときの知った人はもう全員おらんくなったわ。」
週に何回も会っていると、おばあさんの昔の話のネタはすぐに底をつきました。
横のほうから他のおばあさんが話しかけてきます。「先生、よう、このおばあさんの話を聞いとれるねー。私は同じ話ばっかで、よう聞いとれんわー」
今のおばあさんの生活では話の新しいネタはあるはずもなく、昔話はかぎりがあるのです。
でも話を聞くと、そのおばあさんはこう言ってくれます。「あんただけだよ、私の話を聞いてくれるのは。」
いくら施設にいても世間話のできる人は少なく、人が集まっていても孤独なのです。
体が元気で自分の家で生活していたころは少しばかりの普通の会話もあったでしょう。
そのおばあさんはこんなこともお話されました。「日本の政府も、もうちょっと考えないかんわー。人間、百歳をこえて体のえらい人は政府が薬をもらえる様にしなあかん。生きたい人は、もらわず生きればええ。いっくらなんでも百歳を超えるとえれーでー、えれーでー。」
訪問マッサージ 名古屋 北区 ジャーミン

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